仕事の話をしようと思う。僕は、結構色々な仕事をしてきたのだけど、「最初の仕事」だけでも5個くらい経験があるので書いておく。
中学生のときの最初の仕事
一番最初に自分でお金を稼いだのは、中学生のときだった。げん玉やモッピーという、いわゆる「ポイントサイト」で稼いだ。
クラウドワークスでも文章を書いて報酬をもらった。中学のときである。この頃はアフィリエイト文章の全盛期、WELQの全盛期である。
検索記事の粗製濫造、WELQにも、もしかしたら加担していたのかもしれないとは思っている。自分でもGoogleの検索結果の記事の品質が目に見えて下がっていくのを体感していた。でも学校でバイトは禁止だったし、お金を稼ぐにはやるしかなかった。自分がやらなかったらこの仕事は他の人に取られる。
このバイトは友達に教えてもらった。中学生にとって、1、2万円というのは大金だ。だから、すぐに飛びついた。
他に、ゲームの攻略wikiの管理もやった。金額は月に2-300円ほど。正直、時給換算すれば1円くらいだったと思う。かなり低い金額だが、当時はそれが当たり前だと思っていた。金銭的な見返りは少なかったけど、僕は納得していた。そのゲームが好きだったから、とりあえずそれで良いことにした。
ゲームが好きだったので、自分でもゲームを作った。中学生のときからUnityを触り始めた。当時はUnityでBoo(Pythonの派生)、UnityScript(JavaScriptの派生)が使えたので、その辺の言語も少し触っていた。これが次につながる。
高校生のときの最初の仕事
僕の、ITエンジニアとして最初の仕事はハードウェア系スタートアップでのバイトだった。いわゆる組み込み系だ。
同じ学年の友達から、PythonやRubyを書けるエンジニアを探しているという情報を聞いて、人づてで応募した。
ベンチャーはエンジニアが足りないので、すぐに採用してもらった。
これは高校生のときに大学生に雇ってもらった。ロボットに載せる会話システムを作った。正直、まともな仕事になってなかったと思う。
それでも、お金は払ってくれた。最初の給与は3万円だった。時給換算だと200円くらい。でも仕事のクオリティが散々だったから、納得している。
大学生のときの最初の仕事
大学生として最初の仕事は、新聞配達だ。父親が「新聞配達のバイトでもしたら」というので応募した。当時の僕は何も考えていないと自分でも思う。新聞屋さんも人が足りないので、すぐに雇ってくれた。
新聞屋さんのバイトの給与は、歩合制だ。一応タイムカードもあるが、1部あたりいくら、と相場が決まっている。大体1部配るごとに20円である。学生は大体50部で配達を始めるから、1日あたり1,000円くらいもらえる。
朝2時に起きて、6時くらいまで働く。週6日働いて、大体28,000円くらいの給与だ。
夏も冬も自転車で配った。札幌の冬は雪が降る。氷が30センチくらい張っている道路も、雪が50センチくらい積もった道も自転車で走った。仕送りだけでは1日に1食食べることができなかった。他にもっと効率よく稼ぐ方法を知らなかった。
だから必死に働いた。やるしかなかった。稼ぐって大変だなあ、と思った。
フリーランスで最初の仕事
大学2年生くらいのとき、何かの縁でまだ当時は最先端だったVRゴーグルを布教している人物にサークル(IT研究会)の先輩の紹介で会った。個人事業主だったその人経由で、Unityの案件をもらったのが、フリーランスとして最初の仕事だった。
VR内で走るソフトウェアのデモを作った。1ヶ月、ちょっと働いただけで、5万円もらった。好きなことをやりたいようにやっただけでお金がもらえたのだ。当時の狭い価値観の、狭い言葉で言えば、「意味不明」である。「これがフリーランスなのか、めっちゃ儲かるやんけー!」と思った。
個人事業主開業後、最初の仕事
紆余曲折あって、個人事業主になることにした。一番最初に仕事を頼んでくれたのは、コロナ禍で売上が縮小し、フレアバー(ジャグリング等のショーをするダイニングバー)をコワーキングスペース兼レストランに改造した飲食店オーナーだ。
このオーナーとは友達の紹介で知り合った。店のWi-Fiが不安定だというので、業務用ルーターとスイッチ、それからアクセスポイントを仕入れて設置した。お金がないので1円でも安く買える方法を探して、全力でお客さんの期待に応えた。
ちょっと働いただけで、12万円くらいの売上が上がった(赤字だったが)。でも、お金をくれて、しかもネットワークエンジニアの勉強までさせてくれたのだ。さらに、ご飯までおごってもらった。だから、ビジネス的に見れば失敗だけど、需要があるということは分かったし、このオーナーには師匠としてめちゃくちゃ可愛がってもらった。その意味で、長期的に見ればこの仕事は大成功だった。
普通に考えれば、ぽっと出の大学生に10万円近くの大案件を任せてみよう、と思ったオーナーはすごい決断力だったと思う。ネット環境をめちゃめちゃに破壊して逃げられるというリスクもあったわけだし、まさに鋼のメンタルの持ち主だ。
あとで聞いたら、ちょうどメッシュWi-Fi的なソリューションを探していて、高い金額に二の足を踏んでいたところに僕が来たのだと言う。僕もネットワーク技術をもう少し実践で極めようと思っていた時だった。完全にタイミングが良かった。
僕は神様とかあんまり信じていないのだけど、今思い返すとさすがに「神様っているんだな」って思わざるを得なかった。偶然ってあるんだと思った。
法人登記後、最初の仕事
個人事業主になってから半年後、仕事に困ることはなくなっていた。大学4年の6月、まだ半期しか経ってないのに扶養控除も外れそうだった。
法人登記すると、毎年7万円の法人税に加え、利益の4割が持っていかれるらしい。僕は怖気付いた。税金取りすぎやろ。しかし、まだやったことのない経験をしたいという気持ちが上回った。えいやー、やってしまえ。僕は法人を登記することにした。
そんな感じだけど、一応法人になってから最初の仕事がある。それが先の飲食店オーナーの会社のLANケーブル修繕の仕事である。
10年くらい経って劣化したLANケーブルを成端し直した。3,000円。これが法人最初の売上である。
大事なのは「人」
こんな感じで、いま見返すと全部友達や仲間のおかげで成長してきた。問題は人が解決してくれる。僕の場合、フリーランスのエージェントは役に立たなかった。何ならプログラムのバイトの面接も、ビジネスコンテストにも落選しまくった。
仕組みやエージェントは問題を解決しない。結局、問題を解決するのは「人」なのだ。人との出会いが大事だ。出会いの話はまた次回しよう。